大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和42年(う)522号 判決

被告人 溝上文一 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人両名はいずれも無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人木田好三作成の控訴趣意書に記載(本件控訴趣意は、法令適用の誤のほかに事実誤認の主張を含むものであり、執行猶予付罰金刑とあるのを罰金刑と訂正すると述べた)のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決の法令適用の誤および事実誤認を主張し、本件は、被告人らが、深夜泥酔して人の看守する建造物に侵入し、しかも、その侵入に際し暴力を振るつて乱入した犯人から、自己および同僚の危害を防衛するためにやむことを得ざるに出でた防衛行為であるから正当防衛であり、かりに防衛の程度を越えたとしても過剰防衛である、というのである。

よつて、本件記録および当審における事実取調の結果を検討するに、原判決挙示の各証拠および当番における証人志村芳光、同西川正明、同田中豊司の各証言、医師大平隆章、同大隈義彦各作成の診断書二通ならびに被告人両名の当審公判廷における各供述を総合すると、被告人溝上は、関西学院大学商学部を卒業し大阪市城東区今福中四丁目一五番地今福プールガーデンの現場主任、被告人大塚は、法政大学工学部を卒業し右今福プールの建設を請負つた多田建設株式会社大阪支店の工事課員となつているものであるが、被告人両名は、昭和四一年七月一二日午前二時頃、右今福プールガーデンのプールサイドにおいて、多田建設社員志村芳光とともに、浄化作業後慰労のためビールを飲み始めた時、飲酒酩酊した西川政明および田中豊司の両名が、同所仮入口に外側から立てかけてあつた網戸のすき間から板べい又は金網などで囲われ事務室、更衣室等の設備のある同プールガーデン内にはいり、プールサイドにいた被告人らのところに近づいてきたので、被告人溝上らが、営業していないから出てくれるよう注意したところ、西川らは、しばらくぐずぐずしていたが、結局、入口の方に歩き出したので、被告人ら三名もその退去を確認するため、これについて行き、西川らが右入口から外に出たので、戸を立てかけなおしたこと、西川らが「こんな入口があるからはいるんや。」とどなり、さらに、西川が「ここは杉田がやつているんやろ、知つているから蒲生までこい。」と言うので、被告人大塚が「戸が簡単に開くようにしといたのはこちらも悪いが、あんたらも他人の敷地内に勝手に入るのも悪いんだから」と言つて早く帰るように注意したけれども、同人らが帰りそうにもないので、被告人溝上が「家宅侵入になるから警察に訴える。」と言うたのに対し西川が「お前、大学も出てないのに何が分るんや。」と言うので、被告人溝上が「関大の法学部出ているんや」と答えたが、同人らがなおも立ち去るけはいがないので、被告人溝上は、かねてからの警察署からの指示に基づき、右入口付近の同プール事務所から警察署に電話連絡したが、その間に、同人らが右入口の網戸を数回ゆさぶつて押し倒し、再びプールガーデン内にはいつて来て、やにわに、西川が志村の顔面を二回殴打して鼻血を出させ、田中は被告人大塚の左顔面部を右手拳で一回殴打し、逃げる同被告人を追つてつかみかかつて来たので、被告人大塚は、防衛のため田中の胸ぐらをつかんで前に引き倒したこと、被告人溝上は、電話をかけ終つて事務所から出てくると、右のように取つ組み合いが始つていて、西川がいきなり殴りかかつて来たので、防衛のためと同人らを取り押える意思をもつて反撃し、相互に入り乱れて殴り合いとなつたが、そのうちに被告人らは西川、田中の両名を取りしずめ、被告人溝上において再び警察へ電話連絡し、その直後駆けつけた警察官に右両名を引渡したのであるが、右の際、西川が加療約五日間、田中が加療約一週間、志村が加療約一〇日間、被告人大塚が加療約五日間の各負傷をしたことが認められる。なお、西川は原審および当審における証人として堪忍してくれと言うてからも被告人らに腹か大腿かを蹴られた旨供述しているけれども、原審および当審における証人志村芳光ならびに被告人両名の各供述によると、被告人らは西川らを取り押えてから警察官のくるのを待つ間に、同人らに暴行を加えていないことが認められるから、右西川の供述を直ちに採用することはできない。以上の事実によると、「本件において、被害者とされている西川、田中の両名が、深夜飲酒酩酊して被告人らの看守する建造物であるプールガーデン入口の網戸のすき間から内部に侵入し、一旦退去させられたが、なおも入口の網戸をゆさぶり、かつ、押し倒して再度侵入し、いきなり志村を殴り、ついで被告人大塚を殴り、さらに事務所で警察に電話をかけてから出て来た看守人の被告人溝上にも殴りかかつたのであるから、石西川、田中の行為は、急迫不正の侵害というべきであり、被告人らが、これに対し、自己または同僚の身体を防衛するため殴り返し、同人らを取り押えたのは、必要かつ相当な反撃行為であると認められるから、被告人らの行為は防衛行為として已むことを得ないものであつて、正当防衛であるといわなければならない。原判決は、弁護人の正当防衛または過剰防衛の主張に対し「被告人両名は、右西川及び田中が被告人らと口論の末、前記網戸を押し倒した上、右志村及び被告人大塚に殴りかかつて来たので、憤慨のあまり、判示加害行為に及んだものであつて、防衛の意思に出たものとは認められない。」と判示し、右の主張を排斥したのであるが、「被告人らが、被害者の急迫不正の侵害行為に対し憤慨の情を持つたとしても、防衛の意思とは両立しないものではないから、それだけで被告人らの反撃行為が正当防衛または過剰防衛に当らないというのは正当でない。原判決はこの点において事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤つたものであつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、さらに次のとおり判決する。

被告人両名の本件所為が正当防衛にあたることは前説示のとおりであるから、同法四〇四条、三三六条前段、刑法三六条一項により、被告人両名に対し無罪の言渡をすることとし、主文二項のとおり判決する。

(裁判官 山崎薫 尾鼻輝次 大政正一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例